2024年5月19日聖霊降臨の主日「教会の節目」
聖書:コリントの信徒への手紙二5:17
説教題:教会の節目
音声
動画
今日はペンテコステ礼拝です。使徒言行録には聖霊が初代教会の弟子たちに降り、弟子たちが外国の言葉で神の御業を語り始めた出来事が記されています。それは真の神の救いが、ユダヤ人だけではなく、世界中の人々に与えられることを示した奇蹟でした。それまで、弟子たちはユダヤ教の教えに縛られて、異邦人に伝えようとはしなかったのです。当初、キリスト教もユダヤ教の一宗派と見られていました。ユダヤ教は神の救いはユダヤ人に限定しているというものでした。ですから、もし外国人が神の救いを受けたいと思った場合、その人が律法と割礼を守りユダヤ人にならなければなりませんでした。しかし、キリストの福音は、民族に関係なくイエス・キリストを救い主と信じるならば、誰でも救われるという知らせです。ペンテコステの出来事は弟子たちにとって、大きな節目となったのです。先日、カンバーランドセレブレーションが行われ、久しぶりに中会の兄弟姉妹が集まり交わりの時を持ちました。カンバーランド日本中会は、神奈川県と東京を中心として日本宣教の器としての働きをしてきました。さがみ野教会は48年間、高座教会は77年という宣教の歴史を重ねて来ましたが、いま節目を迎えています。高座教会とさがみ野教会は、同じような課題を抱えてきました。そのような二つの教会が、人知を越えた神の導きによって新しい教会になろうとしています。大きな節目です。
毎年、裾野にある修養院に行くのですが、そこに竹林があります。竹には節があって、節がなかったらただの空洞です。節があることで強度が守られているそうです。節があることによって支えられて、しなやかでいられるそうです。人の人生に節目があるように教会にも節目があります。その節目は大切だと思うのです。神様が与えてくださった時だと思うのです。キリストと霊的に出会っていると新しくされます。使徒パウロは、今も生きているキリストと出会うことで、人は新しくされると教えています。節目、節目を大切にして新しくされた者として、キリストに従っていく。それはしなやかで、力強い器を造っていくでしょう。キリストの体として用いられていきましょう。
説教題:教会の節目
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今日はペンテコステ礼拝です。使徒言行録には聖霊が初代教会の弟子たちに降り、弟子たちが外国の言葉で神の御業を語り始めた出来事が記されています。それは真の神の救いが、ユダヤ人だけではなく、世界中の人々に与えられることを示した奇蹟でした。それまで、弟子たちはユダヤ教の教えに縛られて、異邦人に伝えようとはしなかったのです。当初、キリスト教もユダヤ教の一宗派と見られていました。ユダヤ教は神の救いはユダヤ人に限定しているというものでした。ですから、もし外国人が神の救いを受けたいと思った場合、その人が律法と割礼を守りユダヤ人にならなければなりませんでした。しかし、キリストの福音は、民族に関係なくイエス・キリストを救い主と信じるならば、誰でも救われるという知らせです。ペンテコステの出来事は弟子たちにとって、大きな節目となったのです。先日、カンバーランドセレブレーションが行われ、久しぶりに中会の兄弟姉妹が集まり交わりの時を持ちました。カンバーランド日本中会は、神奈川県と東京を中心として日本宣教の器としての働きをしてきました。さがみ野教会は48年間、高座教会は77年という宣教の歴史を重ねて来ましたが、いま節目を迎えています。高座教会とさがみ野教会は、同じような課題を抱えてきました。そのような二つの教会が、人知を越えた神の導きによって新しい教会になろうとしています。大きな節目です。
毎年、裾野にある修養院に行くのですが、そこに竹林があります。竹には節があって、節がなかったらただの空洞です。節があることで強度が守られているそうです。節があることによって支えられて、しなやかでいられるそうです。人の人生に節目があるように教会にも節目があります。その節目は大切だと思うのです。神様が与えてくださった時だと思うのです。キリストと霊的に出会っていると新しくされます。使徒パウロは、今も生きているキリストと出会うことで、人は新しくされると教えています。節目、節目を大切にして新しくされた者として、キリストに従っていく。それはしなやかで、力強い器を造っていくでしょう。キリストの体として用いられていきましょう。
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