2021年10月31日「神はあなたを裏切らない」

聖書:エレミヤ書4:19〜31
説教題:神はあなたを裏切らない

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20年近く前、上野の国立西洋美術館でレンブラントが描いた預言者エレミヤの絵を観ました。忘れがたい絵です。老人になったエレミヤが頭を抱えるようにしてうずくまっている。奥の方に燃える都が見えます。エレミヤは若い頃から預言者として活動し、人々に神さまのもとに立ち帰ろうと言い続けました。悪を行うことをやめて善を学び、悔い改めて神さまの愛の中へ戻ろう。しかしエレミヤの言葉はことごとく無視され、結局ユダの国は滅んでいきました。この絵は戦争に敗れて滅び行くユダの都エルサレム、そしてそれを見つめながら悲嘆に暮れるエレミヤです。今日私たちが読んでいるのはまだエレミヤが若い時代の出来事です。しかし既に、老エレミヤが打ち震えていた苦悶と同じ苦しみを、若いエレミヤも痛んでいます。「わたしのはらわたよ、はらわたよ。わたしはもだえる。心臓の壁よ、わたしの心臓は呻く。」時代を見つめながらエレミヤは痛み、呻き、苦しんでいます。

ここでは具体的には戦争の噂への悲しみです。19から21節に角笛、鬨の声、破壊、旗などが出てきますが、すべて戦争の象徴です。戦争で一番傷つくのはいつでも庶民です。田畑を踏みにじられ、愛する人を兵士にとられ、角笛の音に怯える。ただ、興味深いことに学者たちが解説するところによると、エレミヤの若い時代はユダの国は安定していて、戦争も少なかったそうです。比較的豊かで、人々は安心安全と思って暮らしていた。そういう時代に、この預言者は時代の深層を見抜いていたのでしょう。私たちの社会は一体どこに向かっているのか、と。これも20年近く前のことですが、私にとっては大先輩の牧師、朝山正治牧師が何かの時に、私たちの社会はもう戦後ではなくなった、戦前になってしまったのではないかと指摘しておられたことがありました。衝撃的な、忘れられない言葉です。表面的には現れていない時代の真の姿を見抜いていたのだと思います。時今に至って、この1,2ヶ月で急速にコロナが落ち着いたように見え、社会が浮ついています。落ち着くのはいいことでしょうが、見逃してはならない時代の徴があるのではないでしょうか。

23から26節もとても印象的です。「わたしは見た」という言葉に続いて、大地や光、山や丘、空の鳥、地の実りが混沌に呑み込まれていくと言います。思えばここに書かれているのはどれも創世記第1章に書かれている神さまが世界をお造りになったときに据えられた秩序、それがまた混沌に戻っていくという描写です。世界が形を失い、空しいものに崩れていく。それは、神話でも何でもなく、私たちの社会の姿ではないですか?なんで私たちの社会は今、こんなにも加速度的に崩れているのか?神を知ろうとせず、善を学ぼうとしないからだとエレミヤは訴えます。
スリランカ人のウィッシュマ・サンダマリさんが入管で亡くなる事件が起きました。「不法滞在」とされ入管に収容、その後健康を崩しても必要な医療を受けさせてもらえないまま亡くなりました。役所としては日本社会に必要な秩序を守り、社会が混沌に陥らないようにしたのかもしれません。しかし、もっと大切な神の愛の秩序を失ったと言わないわけにいかない。それは役所や政治のせいにして済む話ではなく、私たちも金太郎飴のように同じ顔をしているのではないか。悔い改めて、神さまの許に帰りましょう。今こそ、神の愛の秩序に立ち帰りましょう。

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