2021年9月26日「悔い改めて福音を信じなさい」

聖書:イザヤ書59:20
   マルコによる福音書1:14~15
説教題:悔い改め福音を信じなさい
説教者:饒平名丈神学生

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イエスは洗礼者ヨハネが捕らえられてからまもなく、イエスの生誕の地であるガリラヤから福音を語り始めます。当時の中心都市エルサレムからすると、ガリラヤは見下された地方都市であったことがわかります。そのような評判の悪い地方で、またそこで育ったイエスが語った最初の言葉は「時は満ち」です。過去から未来へと続く時間の流れをギリシャ語では「クロノス」といいます。それに対して15節で使われ「時は満ち」で使われる時を示す言葉は「カイロス」です。過去のその日に起こった重要な出来事を指します。例えばクリスマス。神の御子が私たちの住む世界に誕生した記念ですが、イエス様が生まれたその日、その瞬間は、特別なご計画の中での大切な時となりました。

これに続いて「神の国が近づいた」とユダヤの人たちが聞くと、おそらく主権者である神が国を統治されること、つまり「終末が近づく、裁きの日がくる」という点と、もう一つは「神に敵対する最後の敵が滅びる」という希望を彼らは想像したと思われます。

さて、このアナウンスを聞く人々に、イエスは続けて次のように語ります。
「悔い改めて福音を信じなさい」
「悔い改め」とは「(神)に立ち返る」という意味です。「後悔する、反省する」という意味がないわけではないですが、この場合は「神に立ち返る」がぴったりでしょう。私たちはこの「福音」を宣べ伝えています。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と毎回礼拝の度にお伝えしているようなものです。

私は高校生の時に受洗しました。当初は感謝と喜びで「主のため人のために役立つこと」をするのだと張り切っていたのが、いつの間にか「しなければならない」との義務感に変わっていき、敬虔なクリスチャンであることに疲れ、やがてクリスマスチャン(クリスマスしか教会に行かない)になっていく自分に気づくのに時間はかかりませんでした。受洗から約40年、このような信仰生活に変化が与えられたのは義理の父の受洗でした。義父の受洗は、まさに常に逃げ回っていた私の首根っこを神が摑まえ、御子の十字架の前に連れていかれた、そのような衝撃を受けました。愚かで怠惰な僕、そのものの自分の半生を振り返らざるを得ない体験でした。今回の説教を準備しながら、今後習慣化しようと思ったことがあります。受洗直後からやっておけばよかったのですが、とにかく反省よりも悔い改め、神様に顔を向け、毎日、今回の御言葉を繰り返すことにします。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」

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