2021年9月5日「あなたの場所、ここにあり」

聖書:ヨハネによる福音書14:1〜14
説教:あなたの場所、ここにあり

音声


動画



 「心を騒がせるな」と主イエスは私たちに言われます。あなたの心は騒いでいないでしょうか?いや、正直言って、最近は心が騒ぐ毎日です。私たちの身の回りに安心できる要素がほとんどない。私たちにできることはほとんどない。ただ祈るしかできない…。
 今日私たちに与えられている御言葉は、最後の晩餐と呼ばれる主イエスが十字架にかけられる前の晩の弟子たちとの食事の席でのこと、その席での長い説教の最初の部分です。食卓での主イエスの説教が始まる直前にイスカリオテのユダがそこから出ていきましたが、それは「夜であった」と書いてありました。そして食卓での説教が終わり、主イエスと弟子たちとが食卓を離れて出ていったとき、兵士たちがやって来ました。彼らは「松明やともし火や武器を手にしていた」と報告されている。「夜」にしても「松明やともし火」にしても、これが夜の闇に包まれたところでの出来事であったことを強調しています。これは時計のように時間を報告しているのではない。この世界が夜の闇に包まれていると言っている。だからこそ、キリストは「心を騒がせるな」と言っておられるのです。実際に、主イエスはこの後逮捕され、拷問を受け、十字架に磔にされます。弟子たちはそのような夜の闇の中を主イエスなしで生きていかなくてはならない。心が騒がないわけない。
 その場にいた弟子たちは、もう既に心が騒いでいました。トマスはイエスがこれから行かれる道が分かりませんと言い、フィリポは父なる神さまを示してくださいと言います。注解書を開くと、彼らの言葉は愚問だと言われてしまいます。主イエスも「こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか」とおっしゃいます。確かに愚かな言葉かもしれない。しかし、彼らの問いはそのまま私たちの問いでもあります。神さまはどこにおられるのですか、私たちはどうしたらいいのですか、どうして神さまは何もしてくださらないのですか。そういう私たちの呻きと、彼らの訴えは同じではないでしょうか。だから、主イエスは言われるのです。「心を騒がせるな」と。心を騒がせるのではなく「神を信じなさい」と。これこそが一番大事なことです。先ほど、私たちには何もできない、祈るだけだと言いました。それは間違いです。本気で信じ、本気で祈るなら、そんな情けない言葉にはならないはずです。
 「神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と言われたとき、私たちはいかなることを信じるのか?主イエスは言われます。「わたしの父の家には住む所がたくさんある。…行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。」慰め深いことに、主イエスは、今はまだあなたたちのための場所はないが私が用意してあげようとはおっしゃいませんでした。あなたがたが住むための場所があるから、私が準備しようと言った。もう、すでにあるのです。私のための場所が。トマスの、フィリポの場所が、もうあるのです。だから主イエスはその準備を整えて私たちを迎えてくださる。この「住む」という言葉は「つながる」という字で、ヨハネが大切にしている言葉です。私たちが神を信じることと言い換えることも可能でしょう。心を騒がせずに神を信じるその信仰すらも、キリストが準備してくださっている。夜の闇の中、神を信じましょう。

この記事へのコメント